ジャンル 日本の歴史と文化
中野校
倭国史の形成を考える
河内 春人(関東学院大学教授)
| 曜日 | 木曜日 |
|---|---|
| 時間 | 13:10~14:40 |
| 日程 |
全5回
・04月02日 ~
06月04日 (日程詳細) 04/02, 04/16, 05/07, 05/21, 06/04 |
| コード | 310203 |
| 定員 | 36名 |
| 単位数 | 1 |
| 会員価格 | 受講料 ¥ 14,850 |
| ビジター価格 | 受講料 ¥ 17,077 |
目標
・日本が倭国と呼ばれた時代の歴史を理解する。
・一つの史料に偏らず批判的に検討する視座を身につける。
・東アジアの動向が日本の歴史展開に影響するという視点を獲得する。
講義概要
日本がまだ倭と呼ばれていた時代は、文献史料も十分ではなくその歴史像はおぼろげです。しかし、大きく進展している考古学的成果やこれまであまり注目されてこなかった史料に目を向ければ新しい視野が開けます。今回の講座では、倭国史のもっとも早期であり、列島に政治権力が出現した時期の歴史を東アジアを含めた動向のなかから理解することを目指します。
各回の講義予定
| 回 | 日程 | 講座内容 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 04/02 | 倭という伝承 | 日本が7世紀以前に倭という国名だったことはよく知られています。それは中国からの呼び名をそのまま流用したものでした。ではなぜ倭と呼ばれていたのでしょうか。伝承のなかにみえる倭からこの問題を考えます。 |
| 2 | 04/16 | 楽浪郡と倭国 | 紀元前108年に漢の武帝が朝鮮半島を攻略し楽浪郡などの支配拠点を設置します。いわゆる朝鮮四郡です。それは朝鮮半島のみならず日本列島にも大きな影響を及ぼしました。楽浪郡が東アジアに与えたインパクトと、倭国史におけるその歴史的意義について考えます。 |
| 3 | 05/07 | 奴国王と倭国王 | 西暦57年に奴国王が中国に外交使節を派遣し金印を授かったことは有名です。さらに107年には倭国王帥升の外交が確認できます。奴国王から倭国王へという外交のトップの変化は当時の倭の政治状況を反映していると考えられます。この問題を掘り下げます。 |
| 4 | 05/21 | 東アジアの情勢 | 東アジアの視点から倭国史を考える時、倭からみた外交関係ばかり考えるのは適切ではありません。この回では中国史や朝鮮史、さらにはその外側の世界的情勢に目を向けることによって世界史のなかの倭という視点を養います。 |
| 5 | 06/04 | 倭国の乱 | 2世紀半ばに倭では内乱が発生したといわれます。それは卑弥呼が登場するきっかけにもなった歴史的にも大きな画期です。当時の日本列島はいかなる社会であり、それがどのように内乱につながったのか、そしてどのように展開したのか、その内実を探ります。 |
ご受講に際して(持物、注意事項)
◆休講が発生した場合の補講日は、6月11日(木)を予定しております。
講師紹介
- 河内 春人
- 関東学院大学教授
- 1970年東京生まれ。明治大学大学院博士後期課程退学。博士(史学、明治大学)。専門分野は、日本古代史、東アジア交流史。著書に、『東アジア交流史のなかの遣唐使』(汲古書院)、『日本古代君主号の研究』(八木書店)、『倭の五王』(中公新書)、『ユーラシアのなかの「天平」』(角川選書)、『日朝関係史』(共著、吉川弘文館)など。




