ジャンル 文学の心
早稲田校
漱石文学の世界
中島 国彦(早稲田大学名誉教授)
服部 徹也(東洋大学准教授)
藤尾 健剛(大東文化大学教授)
安藤 文人(早稲田大学元教授)
長島 裕子(秀明大学客員教授)
石原 千秋(早稲田大学教授)
藤井 淑禎(立教大学名誉教授)
| 曜日 | 土曜日 |
|---|---|
| 時間 | 10:40~12:10 |
| 日程 |
全8回
・04月11日 ~
06月06日 (日程詳細) 04/11, 04/18, 04/25, 05/09, 05/16, 05/23, 05/30, 06/06 |
| コード | 110118 |
| 定員 | 30名 |
| 単位数 | 1 |
| 会員価格 | 受講料 ¥ 23,760 |
| ビジター価格 | 受講料 ¥ 27,324 |
目標
・漱石の魅力をさまざまな角度から明らかにしていきます。
・漱石と関連する文学者にも幅広く眼を注ぎ、漱石を立体的に考えます。
・作品分析の面白さを実感していきます。
講義概要
昨年の秋学期で『行人』までを扱いましたが、今期はそれに引き継ぐ『こゝろ』から始め、京都旅行を経て、『道草』までを扱いたいと思います。テーマにふさわしい講師にお願いし、『こゝろ』『道草』については各2名で担当します。今回は石原千秋、服部徹也、藤井淑禎、藤尾健剛、安藤文人、長島裕子、中島国彦の7名で8回、それぞれの視点からこの時期の作品の魅力、問題点を明らかにしていきます。作品をお手元において、ご一緒に漱石の世界に入っていただけましたら幸いです。(企画・中島国彦早稲田大学 名誉教授)
各回の講義予定
| 回 | 日程 | 講座内容 | |
|---|---|---|---|
| 1 | 04/11 | 遺された「心」をめぐる闘争―漱石の弟子達 | 漱石の弟子達が同時代に『心』に向けた感想は必ずしも高くない。たとえば小宮豊隆「漱石先生の『心』を読んで」(1915・6)はドストエフスキーを引き合いにだして不満点のみを挙げた。漱石の死後、森田草平は自身らがことさらに漱石を老人呼ばわりし距離を置くようになったことを悔やんでいるが、やがて小宮・森田らはその埋め合わせのように『漱石全集』を編み、『心』や『文学論』の本文校訂をめぐって激論を交わすことになる。本講では漱石の代表作となるまで、『心』が弟子達にどのように読まれ、読み直されたのかを跡づける。(服部 徹也) |
| 2 | 04/18 | 『心』と「明治の精神」 | 『心』の「明治の精神」は、『文学論』でいう「集合的F」もしくは「集合意識」のことだと考えられる。漱石は『文学論』で、「集合的F」を理解するための参考図書としてボールドウィンの著作を挙げている。 講義では、講演「文芸と道徳」やボールドウィンの思想と照らして『心』を解釈する。(藤尾 健剛) |
| 3 | 04/25 | 「自己本位」という物語—「私の個人主義」 | 講演「私の個人主義」は、漱石が「自己本位」を確立するまでの葛藤を語る「第一編」と、個人主義について語る「第二編」に分かれる。今回はもっぱらこの「第一編」を取り上げ、特に「自己本位」という言葉を「自分の手に握つ」たロンドン留学の体験に注目しながら、漱石の自己語り(self-narrative)が、自らの過去をどのように捉え直し、一貫性のある「物語」として再構築していったのか、その過程と機構を探っていきたい。その中で、この講演があえて「『私の』個人主義」と題された理由にも触れることになるだろう。(安藤 文人) |
| 4 | 05/09 | 「硝子戸の中」ーさまざまな人との出会いから | 味わい深い晩年の小品「硝子戸の中」には、漱石とさまざまな人との出会いが印象的に描かれている。具体的にどういう出会いがあったかを確かめ、人間を見る漱石の思いを辿ってみたい。(中島 国彦) |
| 5 | 05/16 | 「硝子戸の中」ー早稲田という場所を考える | 「硝子戸の中」には、生誕地「馬場下」から、「神楽坂」に至る牛込の場所がたくさん登場している。その場所の歴史を踏まえ、作品をより深く味わえるよう、それぞれの土地の描かれ方を分析していきたいと思う。(中島 国彦) |
| 6 | 05/23 | 漱石の大正四年の京都滞在 | 大正四年三月から四月にかけての漱石の京都滞在について考えたい。津田青楓に誘われるかたちで京都に赴いた漱石であったが、現地ではいくつかの食い違いが生じ、再び胃を痛め床に伏すことになった。異母姉の高田房危篤の連絡を受けるも帰京できず、漱石を案じた周囲の配慮によって妻の鏡子が呼び寄せられることになった。帰京後には手紙でのやりとりでさらに齟齬が生じている。これらのことがこの後の作品とどのように関わってくるのかについても考えたい。(長島 裕子) |
| 7 | 05/30 | かくも幸せな夫婦—『道草』 | 「否定するためにはそのことに言及しなければならない」とフランスの思想家ロラン・バルトは言っている。つまりは、否定するためにはそのことを強調しなければならないということだ。批判も同じだ。お住と健三はお互いを批判ばかりしている。それほどまでに濃密な関係を築き上げているから、彼らの沈黙は雄弁である。しかし、それは「愛情」とも呼べるほど単純ではない。では、何と呼べばいいのだろう。この問いの周りを歩いてみたい。それが道草だ。(石原 千秋) |
| 8 | 06/06 | 新聞小説の新潮流―『道草』出現の史的背景 | 以前、長田幹彦の「霧」が『東京朝日新聞』紙上で、漱石の「行人」と「心」に挟まれて連載されていたことに注意を促したことがある(「大衆文学の成立」、筒井清忠編『大正史講義』【文化篇】所収)。そこで言いたかったのは、漱石も長田と同類の新聞小説家(高木健夫『新聞小説史』【大正篇】によれば長田こそは代表的な新聞小説家であった)であり、かつ、ほとんどの新聞小説は男女の愛情問題、とりわけ三角関係を描くことで成り立っていた、ということであった。これは、大正期の通俗小説の前身である明治期の家庭小説にさかのぼっても同様である。ところが、明治末から大正期にかけて新種の(=三角関係に頼らない)新聞小説が登場してくる。島崎藤村の「春」「家」、田山花袋の「生」などの、「新聞向き」でない(正宗白鳥)小説群である。三角関係に頼らない「道草」がその仲間であることは言うまでもない。今回はこうした把握のもとに、『道草』をめぐる新潮流と史的背景について考えてみたい。(藤井 淑禎) |
ご受講に際して(持物、注意事項)
◆各回担当講師・担当回・各回講義内容は変更となる場合があります。
講師紹介
- 中島 国彦
- 早稲田大学名誉教授
- 1946年東京都生まれ。早稲田大学大学院博士課程修了、博士(文学)。公益財団法人日本近代文学館前理事長。日本近代文学専攻。著書『近代文学にみる感受性』(筑摩書房)、『夏目漱石の手紙』(共著、大修館書店)、『漱石の愛した絵はがき』(共編、岩波書店)、『漱石の地図帳―歩く・見る・読む』(大修館書店)、『森鷗外 学芸の散歩者』(岩波新書)等。
- 服部 徹也
- 東洋大学准教授
- 1986年生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科後期博士課程単位取得退学。同大学院文学研究科助教(非常勤)、大妻女子大学非常勤講師、大谷大学助教等を経て、現職。専門は日本近代文学・文学理論。共著に小平麻衣子編『文芸雑誌「若草」:私たちは文芸を愛好している』(翰林書房)など。
- 藤尾 健剛
- 大東文化大学教授
- 1959年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、同大学院文学研究科修士課程修了。香川大学助教授をへて、現職。著書に、『夏目漱石の近代日本』(勉誠出版)、『川端康成 無常と美』(翰林書房)がある。
- 安藤 文人
- 早稲田大学元教授
- 岐阜県生まれ。早稲田大学第一文学部、同大学院において英文学を専攻した後、比較文学に転じ、英国18世紀作家ロレンス・スターンが漱石の初期作品に与えた影響について研究を続けている。文学学術院において英語科目を担当。英語関係の著作に『アウトプットに必要な英文法』(研究社)他がある。
- 長島 裕子
- 秀明大学客員教授
- 早稲田大学大学院修士課程修了。現在、秀明大学客員教授。専門分野は日本近代文学。著書に、『夏目漱石の手紙』(共著、大修館書店)、『文章の達人 家族への手紙4 夫より妻へ』(編著、ゆまに書房)、『漱石の愛した絵はがき』(共編、岩波書店)がある。
- 石原 千秋
- 早稲田大学教授
- 1955年、東京都生まれ。成城大学文芸学部卒業、同大学院博士後期課程中退(文学修士)。東横学園女子短期大学助教授、成城大学教授を経て、現職。著書『漱石と三人の読者』(講談社現代新書)、『『こころ』で読みなおす漱石文学』(朝日文庫)、『漱石入門』(河出文庫)、 『漱石はどう読まれてきたか』(新潮選書)など。
- 藤井 淑禎
- 立教大学名誉教授
- 愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学卒業。立教大学大学院博士課程満期退学。専門は日本近代文学・文化。著書に、『清張 闘う作家』(ミネルヴァ書房)、『名作がくれた勇気』(平凡社)などがある。





