ジャンル 日本の歴史と文化

早稲田校

吾妻鏡を読む

  • 秋講座

新井 孝重(獨協大学名誉教授)

曜日 火曜日
時間 10:40~12:10
日程 全10回 ・09月29日 ~ 12月08日
(日程詳細)
09/29, 10/06, 10/13, 10/20, 10/27, 11/10, 11/17, 11/24, 12/01, 12/08
コード 130222
定員 30名
単位数 2
会員価格 受講料 ¥ 29,700
ビジター価格 受講料 ¥ 34,155

目標

・『吾妻鏡』を正確に読む。
・個々の記事を正しく解釈して、意味を理解する。
・鎌倉時代の政治史を考える。

講義概要

『吾妻鏡』は鎌倉時代史を研究するうえで重要な史料です。これを丁寧に読み進めながら、武家政権の政治と武士の暮らしを観察します。源頼朝の幕府創業以来、武家の政権が固まり安定するまで、権力の内部あるいは外部(京都)との間では多くの政変が起こりました。政変・陰謀にまつわる合戦や騒動は、『吾妻鏡』に生々しく記録され、歴史的意味をいまに伝えています。

各回の講義予定

日程 講座内容
1 09/29 実朝なきあとの幕府 幕府は公暁の一味を全て誅殺するも、鶴岡八幡宮の供僧古老は、その職を安堵し、長日の勤行や恒例の神事を滞りなく続けさせた。八幡宮の混乱をしずめる策としてか、八幡宮領熊谷郷で地頭請が認められた。
2 10/06 実朝なきあとの京都(後鳥羽院) 幕府は京都朝廷に親王を将軍とすることを請い交渉するも、後鳥羽院はこれを拒否した。さらに院は摂津国長江・倉橋両荘地頭職の停止を幕府に要求した。京都では院の意にそわぬ武士が殺される。
3 10/13 三寅(藤原頼経)将軍登場 三寅鎌倉に下向。政子が将軍の業務を代行。この頃、鎌倉大火、旧実朝邸宅焼失、大町以南焼失、窟堂近辺民家焼失、京都でも内裏、陽明門、祇園社など火災。
4 10/20 三寅着袴 着袴は幼児がはじめて袴をつける儀礼。京都からはこの儀礼の日時勘文や調度が届けられた。
承久二年(1220)十二月着袴の儀がめでたくとり行われる。だが、鎌倉市中では火災が発生。
5 10/27 後鳥羽上皇挙兵 承久三年(1221)五月、後鳥羽院は、北条義時追討の宣旨を下す。鎌倉はただちに、兵を京都へ向かわせる。翌月には幕府軍は京都に入る。
6 11/10 戦況の推移−京都側史料からみる− 追討宣旨発出前後の京都の様子。伊賀光季討伐。西園寺公経の幽閉。熊野・叡山などの僧兵、院の召に応ず。(承久記大古4-15、935頁)鎌倉騒櫌(増鏡、大古4-16、22頁)京方、宇治、勢田に分遣。洛中狼狽す(増鏡、大古4-16、178頁)
7 11/17 鎌倉軍入京後の戦後処理 上皇、追討宣旨につき弁明。その後、鳥羽殿に移り出家。隠岐国に配流。順徳院は佐渡国に配流。京方に奔った御家人たちの運命。京方の公卿、武士らの所領は没収された。
8 11/24 一条実雅 鎌倉の生活 一条能保の三男実雅は、姉の孫にあたる三寅につき従い鎌倉に下向し、そのまま鎌倉に住んだ。北条義時の娘を妻に迎え、子をもうける。三寅の側近で、義時の婿であったから幕府内に一定の勢力をつちかったが、元仁元年(1224)伊賀氏事件に巻きこまれ失脚した。
9 12/01 西国への勢力拡張 承久の乱後、幕府は西国の諸荘園、国衛領に新たに地頭をおく。恩賞給与、地頭補任をもって東国御家人が大挙して西国へ移住。
10 12/08 関東では作事が盛行 勝長寿院、伊豆走湯山常行堂、富士浅間神社造替が行われる。

ご受講に際して(持物、注意事項)

◆パソコン、ボイスレコーダーの持ち込み、ならびに講義中のスマホの使用はご遠慮ください。
◆講義の進捗に多少の遅速の生じることがあり、各回の講義内容が変わることがあります。
◆本講座は2026年度春学期同名講座の続きですが、新規受講の方も歓迎です。

講師紹介

新井 孝重
獨協大学名誉教授
1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業、同大大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。専門は日本中世社会史。著書に『中世悪党の研究』(吉川弘文館)、『東大寺領黒田荘の研究』(校倉書房)、『黒田悪党たちの中世史』(NHK出版)、『日本中世合戦史の研究』(東京堂出版)など。
  • 外国語 コースレベル選択の目安
  • 広報誌「早稲田の杜」
  • オープンカレッジ友の店