ジャンル 日本の歴史と文化

早稲田校

【対面+オンラインのハイブリッド】縄文人と弥生人―列島古代史の新視覚

  • 春講座

水林 彪(早稲田大学・東京都立大学名誉教授)

曜日 水曜日
時間 15:05~16:35
日程 全8回 ・04月08日 ~ 06月17日
(日程詳細)
04/08, 04/15, 04/22, 05/13, 05/20, 05/27, 06/10, 06/17
コード 110213
定員 70名
単位数 1
会員価格 受講料 ¥ 23,760
ビジター価格 受講料 ¥ 27,324

目標

・発展がめざましい自然人類学(DNA人類学)の成果に学ぶ。
・考古学の成果にも学び、考古学とDNA人類学を総合する視点で歴史を観察する。
・「人種」(最近の用語では「人類集団」)問題にはつきものの、政治的支配ないし差別の視点で歴史を読み解く。

講義概要

第1回〜第3回:⑴4万年前頃の東アジアにおける縄文人の誕生、⑵2万5千年前頃の中国大陸北部における、アムール人と黄河人の誕生、⑶前6000年頃の西遼河地域における遼河人(アムール人と黄河人の混血)の誕生、⑷前5000年頃の韓半島における遼河人と縄文人との混血を通じての弥生人の誕生、などについて講義する。第4回〜第8回:⑸遼河人ないし黄遼人(遼河人と黄河人との混血によって形成された人々)が、前1000年頃から列島に進出し、列島の縄文人との混血を通じて弥生人が誕生すること、⑹その後、間断なく黄遼人が列島に渡海し、黄遼人ないし弥生人の縄文人支配が不断に展開していく歴史過程について講義する。

各回の講義予定

日程 講座内容
1 04/08 縄文人の誕生 縄文人文化の展開:旧石器時代(4万年前〜1万5000年前頃) 60万年前頃にアフリカに誕生し、6万年前頃にその一部がアフリカを出て中近東に達した現世人類(ホモ・サピエンス)は、4万年前頃には東アジアにまで進出した。人類集団としての縄文人は、その頃に成立した東アジアの最も古い層に位置する人々であった。その後、東アジアには、アムール人、黄河人が形成される(約2万年前頃まで)。列島の縄文人は、アムール人、黄河人の文化を受容しつつ、列島独自の文化を形成した。なお、毎回の講義内容はおおよその目安であり、講義の進捗状況や、受講生の質問などにより、話の前倒しや繰り下げの可能性は大いにあることをあらかじめお断りしておく。
2 04/15 弥生人の誕生:縄文前期〜後期(前5000年〜前1000年頃) (1)前6000年頃に黄河流域に誕生した黄河人の一部は、あらたな畑作農耕地を求めて、黒龍江域を中心地として形成されていたアムール人世界の南端に位置する西遼河に移動し、このことによって、西遼河一帯に、アムール人と黄河人の混血による遼河人が誕生することとなった。その後、長い年月をかけて、華北一帯で遼河人と黄河人の混血が進み、前2000年頃に黄遼人(今日の華北漢人の祖)が誕生する。(2)遼河人および黄遼人の中には、この期間、二つのルートで列島に渡海するものがあらわれた。一つは、西遼河を起点に朝鮮半島を下り、九州や中国地方へ渡海する人々(華北畑作農耕の朝鮮半島南下第1派)、いま一つは、西遼河から沿海州を経由し、日本海をわたって北陸・東北へと渡海する人々であった。渡海した遼河人・黄遼人たちは、列島の縄文人と混血し、弥生人が誕生する。数はごく限られていたであろうが、列島に弥生人の種がまかれた。
3 04/22 九州・四国・本州における弥生人農耕社会の形成:縄文後期〜弥生Ⅱ期(前1500年〜前100年頃) (1)前1500年頃から、華北黄遼人による畑作農耕を携えての朝鮮半島南下の第2波がはじまった。この動きは、前1000年頃に列島に波及する。こうして畑作農耕が列島へ伝播し、大陸・半島の黄遼人と列島の縄文人との混血も行われ、畑作を行う弥生人が誕生したと推定される。(2)前14世紀頃に韓半島に成立したと推定される灌漑水稲農耕は前9世紀頃に盛んとなり、前9世紀末ないし前8世紀初頭頃には九州に伝えられる。その後、長い時間をかけて、列島本州にも灌漑水田稲作が伝えられていった。それは、列島各地に弥生人が誕生する過程でもあった。
4 05/13 黄遼人の列島弥生人支配(漢帝国=伊都国の列島西部支配):弥生Ⅲ期〜Ⅴ期(前100年頃〜後110年頃) 前206年に成立した漢王朝は、武帝の時代に漢四郡を設置し(前108~前107年)、東夷支配を本格化させた。その一環として、韓半島と日本列島に対する帝国主義的支配が始まった。その後、宣帝(前1世紀第2四半期)、王莽(前漢大司馬、紀元直後)、光武帝(後漢初代、後1世紀中葉)、安帝(後2世紀初頭)の各時代に、九州北部の伊都国を拠点とする〈漢=伊都倭国政権〉の列島西部への支配が展開する。以上の政治過程を人類集団の視点から観察するならば、黄遼人(漢=伊都国勢力)による列島西部弥生人に対する支配の展開であった。この動きは、黄遼人(漢=伊都国勢力)から圧迫をうけた列島西部弥生人をして、列島東部縄文人社会へと進出させていく契機ともなった。しかしその東限は関東ないし南東北であり、北東北には縄文人社会(続縄文文化)が健在であった。
5 05/20 奴国連合と狗奴国連合:弥生Ⅵ期(後110年〜190年頃) 後2世紀後半、後漢は衰退した。これに連動して伊都倭国も衰微し、列島は、『後漢書』倭伝が「倭国大乱」、『魏志』倭人伝が「倭国乱」と記す時代に入った。「倭国大乱」という表現から、古代史学・考古学は大戦乱の状況を想定してきた。現在も、そのような見解が通説のようである。しかし、真実はさにあらず、漢帝国の支配がなくなり、弥生人世界は息を吹き返し、各地域は、戦争や対立ではなく、むしろ連携して、それぞれに個性的な文化を形成した。この時期に、次の時代の主役となる出雲や吉備の勢力が台頭してくる。ただし、縄文人世界は、各地の経済を支える労働力としての奴隷の供給源となった模様である。
6 05/27 邪馬台国連合 vs 狗奴国連合戦争:弥生Ⅵ期末〜布留0期(190年頃〜290年頃) 後漢の衰退が決定的となった2世紀末、後漢の版図の中心部は魏蜀呉の三国に分裂し、遼東地方には公孫氏が独自の勢力を築くにいたった。公孫氏は、3世紀に入るや韓半島および列島に支配の触手を伸ばしはじめた。こうして、列島が中華帝国の支配から解放された時期は半世紀ほどで終わりをつげ、再び帝国の列島支配の時代が到来した。ここにおいて、公孫氏の主導のもとに、邪馬台国を中心とする邪馬台倭国が創出される。ただし、邪馬台倭国による列島全域の支配は実現しなかった。238年、公孫氏を滅ぼした強国・魏(およびその後継としての晋)が列島支配を引き継ぐが、それでも、帝国の列島全域支配はすぐには実現しない。3世紀のほとんどの期間、山陰・北陸を中心とする狗奴国連合勢力が、公孫氏・魏・晋=邪馬台倭国の軍門に下ることはなかったからである。なお、以上の歴史過程は、8世紀の古事記・日本書紀における神武東征や四道将軍物語として描かれた。史実そのものではないが、架空の話でもない。ちなみに、邪馬台国については、周知のごとく、その所在地をめぐって、長い間、論争が続いてきたが、この講義ではこの問題には立ち入る余裕がない。学問の世界では、邪馬台国=奈良盆地纏向でほぼ決着がついた。私見もこの立場にたつ。
7 06/10 ヤマト倭国政権の列島支配の展開:布留1期以降(300年頃〜645年頃) 晋支配下の邪馬台倭国連合は対狗奴国連合戦争において勝利し、現奈良県・纏向の地を中心として、西は北部九州、北東は新潟・福島県あたりまでを支配下におさめた。この政権を、それまでの邪馬台倭国政権と区別するために、ヤマト倭国政権とよぶこととする。邪馬台倭国政権とヤマト倭国政権との相違は、①狗奴国連合に軍事的に勝利した結果、山陰・北陸を支配下におさめたことに加えて、②晋帝国が没落したことによって、中国大陸は黄遼人(漢民族)以外の人類集団が割拠する五胡十六国時代に入り、その結果として、ヤマト倭国政権は大陸から独立する存在となったことである。そのヤマト倭国政権は、以後、支配圏を、南は九州中南部、北は南東北一帯へと広げていった。この歴史過程は、人類集団の観点からは、弥生人勢力による縄文人支配の拡大である。後年の記紀においては、景行天皇とヤマトタケルの熊襲・東国征討物語として描かれる。この物語も、史実そのものではないが、架空の話でもない。
8 06/17 東夷小帝国の形成と展開(645年〜880年頃) その後の展望 大化改新を画期として形成されはじめる天皇制国家は、中華帝国への対抗意識から、自らも「帝国」の形をととのえるために、南九州の「隼人」、北東北の「蝦夷」を「夷人」に見立て、これに対する支配体制の形成に向かった。これを、人類集団の視点から観察するならば、弥生人の縄文人支配の新しい段階であった。それは、弥生人と縄文人の混血が進行する過程でもあった。長い時間をかけて、九州から本州にかけての地域では、人類集団としての縄文人は消滅し、弥生人(黄遼人=漢人ゲノム約90%、縄文人ゲノム約10%の混血人)の世界となっていく。ただし、鹿児島と沖縄、北東北の人々においては、相対的に縄文人ゲノムの割合が高い。古代の北海道においては縄文人の世界が持続したが、中世に、北方から南下したオホーツク文化人との混血が進んでアイヌ人(縄文人ゲノム約70%、オホーツク文化人ゲノム約30%)が誕生し、人類集団としての縄文人は、消滅することとなった。

ご受講に際して(持物、注意事項)

◆幾年度にもわたり行った講師の倭国の起源史(2世紀までの列島史)の続編として学べる内容です。今回は太古から話をはじめますので、これまで講師の古代史の講義を聴講した経験のない方も、無理なく受講することができます。
◆休講が発生した場合の補講日は6月24日(水)を予定しております。
◆本講座は対面でもオンラインでも受講できるハイブリッド形式の講座です。 対面・オンラインのご都合のよい形式でご受講いただけます。
◆オンラインは、Zoomのウェビナー形式を使用しています。
◆講師は早稲田校の教室で講義し、その講義がオンラインで同時配信されます。
◆対面で受講するときは、「受講証兼教室案内」に記載された教室へお越しください。「受講証兼教室案内」は開講が確定してから送付されます。
◆オンラインで受講するときは、マイページからご受講ください。
◆お申込みの前に必ず「オンラインでのご受講にあたって」をご確認ください。
◆本講座の動画は、当該講座実施の翌々日(休業日を除く)17:30までに公開します。インターネット上で1週間のご視聴が可能です。視聴方法は、以下をご確認ください。
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講師紹介

水林 彪
早稲田大学・東京都立大学名誉教授
山形県生まれ。博士(法学、一橋大学)。専門は日本法制史、比較法社会史。東京都立大学、一橋大学、早稲田大学などで、日本法制史、比較法社会史を担当してきた。主要著作は、『封建制の再編と日本的社会の確立』(山川出版社)、『記紀神話と王権の祭り』(岩波書店)、『天皇制史論』(岩波書店)。

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